ペルシャ絨毯を産するイランで、いま何が起こっているのか?(その2)
[画像:テヘランでのデモの様子]
イランでは、2025年12月末から経済危機をきっかけに始まった大規模な反政府デモが全土に拡大し、死者500人超、拘束者1万人以上を記録する深刻な事態となっています。
当局によるインターネット遮断と弾圧が続き、アメリカのトランプ大統領が軍事介入を示唆する中、情勢は極めて緊迫しているようです。
今回のデモはマフサ・アミニ事件で2022年から2023年にかけて発生したデモ以来、イランにおける最大規模の騒乱となっています。
デモは2025年12月28日にテヘランの複数の商業施設でのストライキに始まり、翌日にはグランド・バザールを含む市内各所に波及。
商人たちは店を閉めて路上に集結し、前例のないイラン・リアル(イランの通貨)の暴落と通貨・金価格の高騰に抗議しました。
きっかけは中央銀行が一部の輸入業者に市場より安く米ドルを提供していた制度の打ち切りを決めたことです。
これを受けて商店主らは価格を引き上げたほか、一部は店を閉める対応を取り、抗議デモの引き金となりました。
抗議活動はやがて大学へと広がり、全国から多数の学生がこれに加わります。
抗議活動の参加者は市民に広がり、購買力の低下と生活費の上昇を理由に、経済状況と政府の政策運営に対して抗議の声を上げたのです。
こうしてバザール商人、学生に労働者、教師、看護師らを加えた階級横断的な抗議活動は、1979年のイラン革命を成功させた「労働者、商人、知識人、学生」の連合の再現ともいえるものになりました。
不満の矛先は最高指導者アリー・ハメネイやペゼシュキアン大統領へと向かい、政治的スローガン「独裁者に死を」に発展してゆきます。
首都テヘランを含む31州中21州で抗議が発生し、クルド地域では治安部隊が撤退。
一部都市がデモ参加者により占拠されたとの報告もあります。
バザール商人はイランの歴史上の強力な変化の担い手であり、かつ現在の体制に忠実と見なされてきました。
彼らと聖職者の間には長年の協力関係があり、商店主はイランの歴史を通じキングメーカーとして重要な役割を演じてきたのです。
1979年のイスラム革命を最終的に成功に導いた要因はバザール商人たちによる聖職者への支援で、これが反体制派の資金的な支えとなり、シャー(国王)の失脚に繋がりました。
その後、商店主の主要政治勢力としての役割は象徴的な色が強まりましたが、通貨変動が事業への打撃となって、今回のデモに踏み切りることになります。
イラン革命では、バザール商人は13カ月に及ぶストライキを行い、「融資委員会」を通じて労働者や被拘禁者の家族を財政的に支援しました。
今回の店舗閉鎖も、体制の経済的正統性が失われたことを示す強力な宣言となっています。
しかし現在は、かつてのバザール商人が支えた、ストライキ参加者の生活を支える組織的な資金チャネルが確立されていません。
現在のイランの商人たちは自らの生活を守るだけで精一杯の状況にあり、市民による抗議活動がどの程度持続できるかは未知数です。
反政府デモは100を超える都市に広がりつつあり、イラン政府は参加者を「テロリスト」と非難し、検事総長が「デモ参加は死刑の可能性」と警告しています。
人権団体HRANAによると、1月11日までの死者数はデモ参加者496人、治安当局48人、合計544人(調査中含め1000人超の可能性)。
検事総長声明後も弾圧が激化し、拘束者は1万人以上に上っています。
1月8日からインターネットが遮断され、1月9日から国際電話も制限されました。
デモは海外に居住するイラン人にも飛び火しています。
トランプ大統領は「強力な選択肢を検討」と述べ、軍事・サイバー攻撃や制裁強化を協議中であると伝えられます。
また、イラン側から交渉の連絡があったことも公言しました。
日本政府の対応は、外務省が1月11日、イラン全土を危険レベル3以上に引き上げ、テヘランなどへの渡航中止勧告。
フライトの欠航も一部発生しているようです。
ロンドンでは、イラン出身者が体制転換を訴え、王政時代旗を掲げる動きも見られます。
経済悪化と弾圧の連鎖でデモが収まらず、歴史的転換点との分析。
政府は中央銀行総裁を交代させましたが、根本解決には至らず、急速な情勢変化の可能性が高まっています。
パフラヴィー朝の最後の皇太子であったレザー・パフラヴィーは、アメリカから動画メッセージを発信し、「この体制が存続する限り、経済状況は悪化し続ける」と述べてデモへの支持を表明しました。
この投稿は24時間以内に数百万回再生され、ソーシャルメディア上では「パフラヴィーは帰還する」という言葉がトレンド入りしています。

