白鶴美術館でペルシャ絨毯の名品を見る
[画像:白鶴美術館新館]
神戸市東灘区にある白鶴美術館の新館は、わが国で唯一の絨毯博物館として知られています。
財団法人・白鶴美術館は、嘉納財閥の白嘉納家(白鶴酒造の創業者)の7代目当主である嘉納治兵衛(1862~1951年)のコレクションを展示するために、1931年(昭和6年)に設立されました。
1934年(昭和9年)から一般に公開されており、第二次世界大戦前からの歴史を持つ数少ない美術館の一つとして、日本の文化遺産を守り続けています。
収蔵品は仏教美術や中国の青銅器、銀器、陶磁器などを含む1300点に及び、その中には国宝が2件、重要文化財が22件含まれているそうです。
とりわけ奈良の社寺からの伝来品が多数あり、質と量の両面にわたって充実していますが、その多くは治兵衛によって集められたものといいます。
本館(画像)の建物は登録有形文化財に指定されており、1995年(平成7年)10月には開館60周年を記念して日本初の絨毯博物館となる新館がオープンしました。
新館は本館とは異なるモダンな建物で、絨毯の劣化を防ぐため採光に工夫がなされています。
嘉納秀郎(白鶴酒造第10代)が収集した約130点のペルシャ絨毯、アナトリア絨毯、コーカサス絨毯に加え、アフリカの仮面、彫刻などが収蔵されており、企画に合わせて展示されます。
白鶴美術館は春と秋だけの開館で、今秋は新館開館30周年の特別企画として「中東美術の華・絨毯」が開催されています。
新館の開館当初から所蔵されているオリエント絨毯の優品を中心に、この30年間に寄贈されたムガール(インド)やホータン(中国)の絨毯も一部初公開するとのことでしたので、会期(2025年9月23日~12月7日)の終了間近の12月2日に同館を訪れました。
三ノ宮から阪急電鉄で御影へ。
御影駅北口を出て山手に進みます。
御影は岡本、芦屋に連なる高級住宅街として知られているだけあって、映画やテレビドラマに出てくるような大豪邸が並んでいます。
大林組社長であった大林芳郎や、朝日新聞創業者の村山龍平の屋敷もあるとか。
地名の由来は、神功皇后が「澤之井」という泉に自身の姿を映したことから「御影」と呼ばれるようになったという説が有力なようです。
また「御影石」の語源となったことでも有名で、この地域で採れた高品質な花崗岩が全国に知られるようになり、花崗岩の総称として用いられるようになったといいます。
江戸時代以後は灘五郷の一つ「御影郷」としても知られるようになり、白鶴のほか、菊正宗、剣菱などの造り酒屋が操業しています。
けっこう急な坂道を登ると、白鶴美術館に到着しました。
まず本館の受付でチケットを購入。
本館は後回しにして新館に向かいます(1枚のチケットで本館と新館の両方を見ることができます)。
新館の扉を開け、チケットを提示したのち、順路に沿って2階への階段を上りました。
最初にあったのは20世紀中期のヘレケ絨毯(シルク)です。
館内は撮影禁止だったので、写真を撮ることはできませんでした。
続いてホルバイン絨毯やベルガマ産などのアナトリア絨毯が並びます。
ホルバイン絨毯は16世紀のオスマン帝国時代に製作されたもので、ドイツの画家ハンス・ホルバインの絵に描かれていることから、そう呼ばれています。
ベルガマ絨毯の方は比較的新しく20世紀中期のもので、「クズ・ベルガマ」と呼ばれる小型の作品です。
トルコ語でクズとは「娘」のことですが、嫁入道具として花嫁自身が製作した絨毯を言います。
圧巻だったのは6平米のモフタシャン・カシャーン(画像)と、同じく6平米のタブリーズ絨毯です。
モフタシャンは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した絨毯作家の名ですが、実際には同じ時代に製作された同じ特徴を持つカシャーン絨毯をモフタシャン・カシャーンと総称しています。
このモフタシャン・カシャーンは、中央に二層の曲線的なメダリオンを配置し、四隅にはその形を四分割したシルエットを模したデザインが施されています。
白鶴美術館収蔵品図録『東洋の絨毯』の表紙にもなっている逸品です。
タブリーズ絨毯の方はオーソドックスなメダリオン・コーナーのパターンながら、随所に様々な動物たちが描かれており、コーナーには龍と鳳凰の姿も見られます。
龍と鳳凰は何れも中国から伝わった文様ですが、中東ではドラゴンは悪を、フェニックスは善を象徴する存在となっています。
144万ノットの緻密さは、当時もいまもタブリーズ絨毯としては最高峰です。
他にペルシャ絨毯としては、20世紀初頭にタブリーズのハギーギ工房(イスファハンのハギーギとは別人)で製作されたシルク絨毯がありました。
こちらは「スルタンズ・ヘッド」と呼ばれる雪だるまのような個性的なミフラブ文様の作品で、トルコ絨毯のデザインを採用したものです。
コーカサス絨毯では、19世紀中期のカザック絨毯やアクスタファ絨毯が展示されていました。
アルメニア絨毯の一種であるカザック絨毯は大胆な幾何学文様と鮮やかな色彩が特徴です。
展示品はカザック絨毯の中でもコーカサス北東部のセワン地方で製作された「セワン・カザック」と呼ばれるもの。
セワン・カザックは「シールド・カザック」とも呼ばれ、大きな十字型のメダリオンで知られています。
名が似ていることからカザック絨毯をカザフスタンで製作されたものと説明する者がいるのですが、それは間違いで1800年代からコーカサスで製作されるようになったものです。
もう一枚のアクスタファ絨毯はアゼルバイジャンの東コーカサス地方、カスピ海に近接するシルヴァンで製作されていました。
八芒星型の大きなメダリオンが連なり、フィールドには幾何学的な孔雀文様が描かれている典型的なアクスタファのデザインです。
1階に降ると今回が初公開のインドのムガール絨毯が2枚ありました。
1枚は17世紀のものの断片で、もう一枚は18世紀の完全品です。
17世紀のパシュミナ絨毯は、史上最高級の絨毯の一つとされます。
パシュミナはヒマラヤヤギの下毛のこと。
カシミール地方で産し、インドではシルクよりも高級な素材とされてきました。
ロンドンのクリスティーズでオリエンタルラグ部門の国際責任者を務めるルイーズ・ブロードハースト氏によれば、パシュミナの繊維1本は、人間の髪の毛の約6分の1の細さで、最も多いノット数は1平方センチあたり310ノットを超え、目で読み取ることは不可能であるとのことです。
17世紀のパシュミナ絨毯は、完全な形で現存するものは8枚のみで、そのうち7枚は博物館が所蔵しています。
記録に残っている断片は13枚あり、そのうち10枚は機関のコレクションに、2枚は所在不明、そして1枚は個人が所有しているそうです。
展示室中央の大きな台の上には12平米のマンチェスター・カシャーンが敷かれていました。
壁には糸杉文様のインドのアンティーク更紗と、同じ糸杉文様のケルマン・ラバーが並べて展示されています。
何といっても目を引かれたのは1930年頃にアブドラヒム・シュレシの工房で製作されたイスファハン絨毯(画像)。
解説には20世紀中期とありましたが、シュレシは1930年に没していますから、実際には1920年代の作品です。
ミールザ・アガー・イマーミによるデザインで、流麗な更紗風の唐草文様が約200万ノットの緻密さをもって織り出されています。
他には1900年ころに製作されたカシャーン絨毯がありました。
こちらはニザーミーの『ハフト・パイカル』(七王妃物語)に登場する有名な場面を描いたものです。
『ハフト・パイカル』はササン朝第15代(第17代とする説もあり)君主であったバハラム5世(在位420~438年)が、7人の王女たちと出会い、彼女らから人生の教訓や知恵を学んでゆくロマンス叙事詩。
こちらも「モフタシャン」とありますが、前述したようにモフタシャンは、彼が活動していたときと同じ時期に製作された、同じ特徴を持つカシャーン絨毯の総称となっています。
さらに進むと、18世紀のロットー絨毯とヤージベディル産のトルコ絨毯が展示されていました。
ロットー絨毯は、16世紀から17世紀にかけてトルコ西部のウシャクで製作されたもので、イタリアの画家ロレンツォ・ロットー(1480~1556年)の絵画にこのデザインの絨毯が描かれていることから、そのように呼ばれます。
赤色の地に黄色で描かれたジオメトリックな植物文様が特徴ですが、この文様はアラビア文字の書体であるクーフィー体から派生したと考えられています。
ノット数は1平方センチに9ノット前後と、それほど多くはありません。
絵画によれば、床敷きというよりテーブルクロスなどとして使用されていたようで、そのためか比較的状態のよいものが多く見られます。
ヤージベディル絨毯は、トルコ西部バルケシル県のスンドゥルギとビガディチを中心とする地域で、同名のユリュク(遊牧系部族)の定住民によって製作されていました。
のちにキュタヒヤ、マニサ、ウシャクなどでも製作されるようになったため、今日ではヤージベディルは絨毯のスタイルを表す名となっています。
ヤグジュベディル絨毯は、スンドゥルギ・タイプ、ケプスト・タイプ、ベルガマ・タイプの3つに分類されますが、展示品に見られるスンドゥルギ・タイプはフィールド上に配置された大きな六角形が特徴です。
今回ムガール絨毯とともに初公開となったのがホータンで製作された2枚の新疆絨毯です。
新疆絨毯は、中国西部の新疆ウイグル自治区(かつての東トルキスタン)のホータンまたはその周辺で製作されたものをいいます。
ホータンは「シルクの地」とも呼ばれ、シルクロードの南端に位置するオアシス都市として栄えてきました。
東西貿易の中心地であった現在はウズベキスタンのサマルカンドにあやかり、かつてはサマルカンド絨毯と呼ばれてもいたようです。
ホータンで生産される絨毯には中国とイランのデザインを融合させたものが多く、雲文様、柘榴文様、格天井(ごうてんじょう)文様といった中国風のモチーフに、ペルシャ絨毯によく見られるメダリオンやボーダーが組み合わされていることもあります。
2枚の新疆絨毯は新疆絨毯研究の第一人者である杉山徳太郎氏の寄贈品とのことです。
杉山徳太郎氏は1986(昭和61)年より中国を訪れ、新疆ウイグル自治区11回を含め、18回調査旅行を実施されました。
著書に『維吾爾絨毯文様考ー西域之華』『ホータン手織絨毯選集』(画像)などがあります。
時間があったので、本館で開催されている「中国陶磁器展」も見てきました。
繁栄を意味する荷葉(蓮)や柘、富貴を表す牡丹、長寿の象徴たる松、吉祥の徴(しるし)である鳳凰や麒麟など、華やかで寿(ことほ)ぎに満ちた文様が素晴らしかったです。
こちらは専門ではないのでこれ以上は控えておきます。
絨毯博物館としては小規模で、テヘランの絨毯博物館などには到底及びませんが、内容は見るに値するものでした。
秋季展は間もなく終了しますが、来年3月3日(火)より次回の春季展が開催されるそうです。
【白鶴美術館へのアクセス】
〒658-0063 神戸市東灘区住吉山手6丁目1-1
TEL/FAX:078-851-6001
公共交通機関を利用する場合
・阪神本線「御影駅」、JR神戸線「住吉駅」から市バス38系統渦森台行き「白鶴美術館前」下車
・阪急神戸線「御影駅」から 北東約1km(徒歩15分)
車を利用する場合
・阪神高速道路3号神戸線 大阪方面「魚崎出口」から約1.5km
・阪神高速道路3号神戸線 姫路/明石方面「摩耶出口」から約6km)
絨毯及びポスター画像出典:白鶴美術館ホームページ
https://www.hakutsuru-museum.org/

