ペルシャ絨毯の起源を探る その1
[第 話]
中世の半ば頃から、西アジアの特産品といえば絨毯でした。
中でもペルシャやトルコの特産品は、ペルシャ絨毯とかトルコ絨毯とかいわれて有名だったのです。
西欧社会には、もともと絨毯というものはありませんでした。
中世末期まで西欧の世界では、壁に豪華な織物を掛けて垂らしたり、床に織物を敷いたりするというような習慣はなかったようです。
古代ギリシャ、ローマ時代の住居は床を美しく見せるため、大理石のモザイクで飾るのが室内のしつらえの原則でした。
壁は石の地肌の模様を見せるだけでした。
遡って紀元前5世紀頃、当時の世界各地の状況を克明に報告したヘロドトスの『歴史』などにも、絨毯の記述は見当たらないようです。
その頃のローマ人たちは、ただ藁や羊毛を詰めた敷布団を載せたベッドの上で寝ていたにすぎません。
紀元前後の頃になると、ローマ帝国は紫色に染めあげたテュロス(レバノンの地中海沿岸にあった古代都市)の羊毛に莫大な代金を支払いました。
更に金や銀の刺繍を施された衣服、カーテン、ベッドの上掛けや敷物を手に入れたことが報告されています。
当時の織物には一体どのような素材が使用されていたのでしょうか?
麻なのか、絹なのか、普通の布なのか、それとも羊毛なのか、まったく判然としません。
例えば、紀元前1世紀後半に制作されたラテンの大叙事詩『アェネーイス』の中で、「宮殿の内は、王侯の豪華を展げ……床台を覆うのは、美事に刺繍したる高貴の紫……」と謳われている床台覆いの織物が、一体、絨毯なのか、または他のものなのかよく分かりません。
床に柔らかいものを敷いて、その上に座ったり臥たりしたことは、古くからの知恵であったと考えられます。
古代エジプトでは、人々は動物の毛皮をそのまま敷物にして使っていたようです。
ギリシャでもエジプトに倣って毛皮を敷いていたのでしょう。
紀元前4世紀初めに作られたギリシャ古典劇『リジストラータ』に出てくる次の会話の中の敷物は、絨毯などよりももっと素朴な、毛皮か、または単に羊の毛を平たく圧縮したフェルト状のものではないかと推察されます。
女はいいます、「家のすべては荒れ放題! おんどるどもは敷物をつついてすっかりボロにした。それでもお前は平気かい?」
敷物は家庭生活のためには大事なものでした。
愛の営みにとっても、敷物は羊毛製のフワリとしたものでなければなりませんでした。
仲直りした女房に夫はいいます、「さあ寝台にお入りな……だが、おお! 困ったことがある。敷物を探して来なくては。粗末な麻の布袋じゃだめだし、第一、不作法だ……」。
この叙述にある敷物というのは、中に羊の毛を入れた布の袋で、それをベッドの上に載せて敷布団かクッションにしたもののようです。
とにかく、この時代の文化的な記録には織物としての絨毯は見当たりません。
ギリシャ・ローマ時代には、やはり床に敷く絨毯というものはなかったといってよいでしょう。
もしも、床に敷く敷物が羊毛製のフワッと弾力のある、風通しのよい、そして短時日曜にはそう簡単に摩耗しないものであったとしたならば、そして更にそれにカラフルな模様が織り出されていたとしたならば、その室内は、その生活は、どんなに快適なものに変わったことでしょう。
ならば、なぜヨーロッパには絨毯という便利なものが生み出されず、西アジアの砂漠の国々に、それよりも遥かに古い時代から作られ、使われていたのでしょうか?
絨毯は砂漠の遊牧民が作り出した生活財でした。
ここで砂漠という字を使いましたが、それは砂だけの砂漠ではない、広々とした、ときにオアシスも点在する砂っぽい荒野の意味です。
ペルシャやトルコなどの西アジアの遊牧民たちは、水と牧草を求めて、砂漠の中を二、三週間ごとに転々と移動します。
その際、彼らはテント生活を営みます。
羊や山羊などの動物の毛を用いた厚手の織物を宙に張って、これをテントにしました。
そのテントの中で遊牧民たちは寝起きするのです。
しかし、自らの身を置く下は、砂漠の砂であり荒土です。
はじめのうちは毛皮やフェルトなどを身体の下に敷いていたのでしょうが、彼らが厚手の織物を創案したとき、それを砂や荒土の上に敷くことを思いついたのでしょう。
織物は厚手でふわりとしていた方がなおさら好都合です。
縦糸と横糸の間にパイルを織り込んでゆくと、ふんわりとした絨毯ができあがりました。
白く、あるいは黄金色に輝き、そしてときには灰色に煙りながら広がる砂漠の片隅で、狭いテントの中に残された四角く平らな地面に、もし何らかの彩りが添えられていたならば、砂漠に暮らす人たちはどれほど心慰められたことでしょう。
一体、誰が絨毯を創案したのか、もちろん知る由もありませんが、1000年以上も前の砂漠の民は、自らの手で織り出す絨毯の上に彼らの願いを詰め込んで、テントの中の小さな空間を、一時の癒しの場としたのです。