コレクターがアンティークのペルシャ絨毯を買い漁る訳
[第 話]
19世紀後半から、ヨーロッパの貴族に倣おうとするアメリカの大富豪たちは、サファヴィー朝期のペルシャ絨毯の逸品や、同じ時代のオリエント絨毯を集め始め、宮殿のような邸宅を飾り立てました。
彼らの名は、いまでもよく知られています。
ジョン・D・ロックフェラー、J・P・モルガン、ウィリアム・ランドルフ・ハーストらです。
ジョージ・W・ヴァンダービルトは、10 年間で458枚の絨毯を自宅用に購入しました。
その中には、ノースカロライナ州ビルトモアにある250室を有する大邸宅も含まれています。
素晴らしい眺望が楽しめるアーチ型の大広間には、価値が高いアンティークのペルシャ絨毯が2枚敷かれており、優雅な雰囲気に芸術的な崇高さを加えています。
現在これらの作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館などで見ることができます。
このようなミュージアムクラスの作品がオークションに出ることは滅多にありませんが、出品された場合には大きな注目を集めます。
2013 年には、ヴァンダービルト・コレクションにあった17世紀のムガール絨毯が、クリスティーズのオークションで760万ドルで落札されました。
20世紀半ばにニューヨークで有名な絨毯店を経営していたヴォイテック・ブラウ氏の所有物であった、18世紀後半から1875年頃にかけて製作されたアンティーク絨毯を目玉としたオークションは、2006年12月にサザビーズで開催され、大成功を収めました。
最高額の落札品は、160年前に織られた9平米のバクシャイシュ絨毯で、予想落札価格の8万ドルから12万ドルに対し36万3000ドルで落札されました。
こうしたアンティークのペルシャ絨毯の逸品は希少価値が極めて高いゆえコレクターには垂涎ですが、その多くがカジャール朝期の18世紀後半から19世紀にかけて製作されたものです。
1925年、イラン最後の王国となるパフラヴィー朝が権力を握ると、政治的な理由からカジャール朝期のペルシャ絨毯が軽んじられるようになりました。
これは、新たに即位したエジプトのファラオが先代の王の像や記念碑を汚損したり破壊したりしたのと同じです。
パフラヴィー朝によるこの行いは、2019年に出版されたハジ・マクタビ著『ペルシャ絨毯:忘れられた時代 1722-1872』に詳しく記されています。
同書には「政治的観点からは、サファヴィー朝時代が称賛され、その後の美術史はすべて、パフラヴィー朝による(イラン系王朝の)復興の幕開けまで無視された」とあります。
これにより、市場は品質の善し悪しを見誤るようになり、19世紀に製作されたペルシャ絨毯の評価が遅れました。
過去一世紀に渡り、ペルシャ絨毯は主にノット数の多さで評価されてきましたが、これはパフラヴィー朝期になってから多用され始めた基準であり、19世紀の作品に見られる独創的な芸術性や色彩は評価されることはなかったのです。
19世紀のペルシャ絨毯の評価が遅れているもう一つの原因は、今日、作品を購入する人の多くが、ピカソ、マティス、ジャスパー・ジョーンズ、ウォーホルなど、有名な芸術家の「名前」を重視していることです。
米国カリフォルニア州オークランドの絨毯商であるヤン・デービッド・ウィニッツ氏は、「これらの作品に署名がなかったらどうなるか想像してみてほしい。誰が作ったのか、いつ作られたのかという確証はほとんどない。芸術作品の価値を美的あるいは印象的要素だけで判断しなければならないとしたら、どれほど困難になるか想像したらよい」と語ります。
これは、まさにペルシャ絨毯にも当てはまっています。
銘のあるアンティーク絨毯には、それを製作した絨毯作家ではなく、注文者の名前が織り込まれている場合がほとんどです。
したがって、デザインや色、構造によってのみ産地を特定することができます。
それでも19世紀のペルシャ絨毯の10枚のうち8枚は、主にヨーロッパの市場に向けて製作された装飾性の強いもので、一見は美しいものの、深みや個性に欠ける作品が多いといいます。
さらにウィニッツ氏は、最高級品以外のアンティーク絨毯の需要は減少していることを指摘しました。
一般の富裕層は、現代のモダンな住宅にアンティークのペルシャ絨毯は合わないと誤解しています。
彼の顧客の中には、エレン・デジェネレスらのスタイルメーカーと同様に、19世紀の絨毯をモダンなインテリアにうまく取り入れている人がたくさんいるにも関わらずです。
熱心なコレクターは、とにかく買い漁ります。
クレアモントにあるウィニッツ氏の倉庫には現在、765枚の顧客の絨毯が保管されており、そのうち157枚は2019年だけで購入されたものです。
保管されている絨毯のうち350枚は、1人のコレクターのものといいます。
米国、イタリア、オーストラリアの他の18人の顧客は、絨毯専用の杉材張りの倉庫を自分たちで造りました。
ある顧客の倉庫の一つには325枚、もう一つには195枚が保管されているそうです。
コレクターたちがアンティーク絨毯を買い漁る理由は様々です。
彼らの多くは、ハイグレードとノーマルグレードの違いを認識しており、ハイグレードのアンティーク絨毯は価値が高まり続けると確信しているからです。
ウィニッツ氏の顧客の1人は、自宅内に設けた絵画ギャラリーにアンティーク絨毯を敷いていますが、いささか驚いたことに、「私はディーベンコーン(アメリカの現代画家)よりも絨毯の方が好きだよ!」と述べたといいます。
他の顧客は、カジャール朝期の逸品絨毯を見る機会が著しく減少していることを認識し、部分的に動機づけられています。
また、自らのコレクションを子供たちに遺す資産と見なしている人もいます。
また数があれば、いろいろと部屋の絨毯を敷き替えて、インテリアの雰囲気や住人の気分を変えられるという利点もあります。
多くのペルシャ絨毯を所有するコレクターは、定期的に敷き替えることを楽しんでいます。
ウィニッツ氏によれば、スタッフが敷き替えを手伝う際、「古い友人が訪ねてきたようだ」と言う顧客は少なくないそうです。
収集品に愛着を持つのはコレクターなら当然でしょう。
コレクターはまた、「絨毯を売るのは、子供たちを売るようなものだ」とよく言いますが、彼らが所有する絨毯以外の美術工芸品に、そのようなことを言う人はあまりいません。
「素晴らしい絨毯が持つ感情的、知的、視覚的な効果。それが芸術をこれほど魅力的なものにしているのだよ」とウィニッツ氏は語ります。
コレクターの目は、ワイン通が味覚を向上させるのと同じように、絶えず研ぎ澄まされてゆきます。
そうして彼らは、傑出した作品を瞬時に見分ける能力を身に付けるのです。
「どうしてペルシャ絨毯はこんなに高いのか?」と言う人がいますが、それはペルシャ絨毯を敷物という視点で見ているからでしょう。
「ひとたび開眼すると、同じ人が『ペルシャ絨毯は過小評価されている』と言うようになる」とウィニッツ氏は笑います。
彼は、顧客がアンティークのペルシャ絨毯やオリエント絨毯の善し悪しを判断できるようになってゆく、つまり眼力が培われてゆく過程を観察しています。
「顧客にとっても、私にとってもペルシャ絨毯をコレクションすることは人生最大の楽しみだ。顧客が、どれがよいもので、どれがそうでないかを自分自身で見極められるようになったのを見ると、いつも深い満足感を覚えるのだよ」とウィニッツ氏は目を細めました。