機械織のペルシャ絨毯など存在しない

機械織のペルシャ絨毯など存在しない

機械織のペルシャ絨毯など存在しない

[画像:手織とはまったく違う機械織絨毯の製作風景]

最近「機械織ペルシャ絨毯」と称した絨毯が販売されているのをよく見ます。
とりわけオンラインショップやネットオークション、フリマサイトなどには、こうした商品が大量に出品されており、また実店舗、場合によっては百貨店や大手ディスカウントストア、ホームセンターなどの店頭に並ぶこともあります。
結論から言うと、機械織ペルシャ絨毯とされるものはペルシャ絨毯ではありません。
一見そっくりではあっても、ペルシャ絨毯とはまったくの別物です。

ペルシャ絨毯とはイランで製作された手織の絨毯を言います。
これを理解するためには、ペルシャ絨毯の持つ文化的・歴史的側面に着目しなければなりません。
ペルシャ絨毯には何千年にも及ぶ手織の技術により成り立っています。
何世代にもわたってイラン人たちが受け継いできた伝統が、ペルシャ絨毯に類い稀なる美しさと手作りならではの価値を与えているのです。
つまりペルシャ絨毯はただの敷物ではなく、イランの伝統工芸品であるということです。

ペルシャ絨毯だけでなく、ペルシャ語、ペルシャ猫など、国名がイランと改められてから1世紀近くが経ってはいても、ペルシャという名称は廃れることなく使われ続けています。
ペルシャという名は古代ギリシャの歴史家がイラン南西部のファース(正確にはファルス)地方の地名であった「パールサ」に因み、ペルシスと呼んだのが始まりとされています。
1925年にレザー・シャー・パハラヴィーが即位した後、古代礼賛の風潮が広まり、イスラム期以前の文化や遺産を「イラン」的なものとして賛美する気運が盛り上がりました。
こうしたナショナリズムの高まりを受け、歴史的・地理的および民族的にもより広い意味を持つイラン(アーリア人の国)を自称すべきとの考えが広がります。
そこでペルシャは「イラン」への国号の変更を各国に通告し、以後イランが使われるようになったのです。

このようにペルシャはイランの旧称であり、ペルシャ絨毯はイランの悠久の歴史の中で育まれてきました。
イラン人、アゼルバイジャン人、クルド人、トルクメン人、他の少数民族等、イランに暮らす人々の先祖が過酷な暮らしの中で生み出し、改良を加え、生活の糧としてきたものです。
いわば手織であることがペルシャ絨毯の価値のすべてであるのです。
機械による生産方法は迅速で効率的ではあっても、そこに歴史の重さや民族の矜持はありません。
そんなものは中身のない、ただのハリボテに過ぎないのです。

ただのハリボテに価値を見出す者などいません。
そうしたは理解しているにも関わらず、紛らわしい表現を用いてハリボテをさぞかし価値があるかのように繕う不届者がいます。
これは明らかな詐欺行為です。
機械織が持つ生産性の高さが、ペルシャ絨毯の伝統やコミュニティを脅かす可能性があるという懸念があります。
手工芸を担う職人たちが減少し、伝統が失われることは、ペルシャ絨毯の文化的遺産にとって大きな損失となるでしょう。

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