コーカサス絨毯とペルシャ絨毯の違い
[画像:コーカサス絨毯]
わが国ではあまり知られていないコーカサス絨毯ですが、欧米ではとても人気があり、愛好家が多数存在しています。
熱狂的なコレクターも多く、アンティークの優品ともなると国際的なオークションで驚くほどの高値で落札されるのも常です。
もっとも日本でトライバルラグが注目され始めたのはごく最近のことですから、コーカサス絨毯は今後人気となるジャンルなのかもしれません。
実は、かつて日本ではコーカサス絨毯が「ソ連段通」として販売されていたことがありました。
1980年に放送が開始されたNHK特集「シルクロード」が火付け役となり起こった、シルクロード・ブームに乗じたものです。
これは、1972年の日中国交正常後後の「閉ざされた国」への憧れと、失われた「懐かしいアジア」への重ね合わせ、そして喜多郎の音楽や遺跡の映像美が相まって、多くの日本人の心を捉えました。
敦煌(とんこう)などを中心とした中国旅行ブームや文化への関心を高めましたが、天安門事件や中国の負の側面が認識されるにつれ、人々の関心は他国へと移り、コーカサス絨毯は日本の市場から完全に姿を消したのです。
このように現代の日本人にはまったくと言ってよいほど馴染みのないコーカサス絨毯ですから、その実体を知る人はほとんどおらず、それは絨毯業者についても同じことです。
絨毯業者の中にもコーカサス絨毯をペルシャ絨毯やトルコ絨毯に属するものと認識している者がいます。
実はコーカサス絨毯がペルシャ絨毯やトルコ絨毯とまったく無関係とはいえない歴史的背景があるのも事実なのですが、彼らの多くはそうした事実を理解している訳ではなく、ただ漠然と思い込んでいるだけです。
デザイン面では、コーカサス絨毯は幾何学的なデザインや大胆な色使いが特徴であり、複雑なモチーフや動物、植物の図案が多く見られます。
このようなデザインは、コーカサス地方の多様な民族文化や宗教的信念を反映しており、しばしば部族の誇りや歴史が込められています。
一方、ペルシャ絨毯はより曲線的なラインや、精緻で複雑な植物文様を用いるのが一般的であり、特にパルメット文様や、イスリム文様などが有名です。
織りの技術に関しても大きな違いがあります。
コーカサス絨毯は、トルコ結びを用いて製作されます。
糸の密度は比較的粗めで、パイルも長めであることが多いです。
その一方で、ペルシャ絨毯にはペルシャ結びを用いて製作されたものが多いです。
精密なディテールや滑らかな風合いを出すために織ららは緻密でパイルは短めです。
色彩の面でも両者には大きな違いが見られます。
コーカサス絨毯は、赤、青、黄色、緑などのビビッドな色合いを使用し、柔らかい天然染料で染められた糸が使われる事が多いです。
これにより、絨毯全体に生命力に満ちた印象を与えることができますが、色数は少なめです。
一方、ペルシャ絨毯はもう少し落ち着いた色調が好まれることが多く、特にクリーム色や金色、深い青、赤茶色などの色合いが使用されることが一般的です。
とりわけ都市部の絨毯においては繊細なグラデーションが求められるため色数は多いです。
この色彩の選択は、使用される素材や染料に依存するため、地域性が明確に現れます。
このようにコーカサス絨毯とペルシャ絨毯には様々な違いが見られますが、以上はあくまで一般論です。
ペルシャ絨毯には特定のスタイルや地域に基づいて名付けられた様々なデザインが存在し、幾何学文様を中心としたコーカサス絨毯に近いデザインのものもあります。
また、ペルシャ絨毯にもトルコ結びが用いられたものも存在します。
イランでは、コーカサスに近いイラン北西部を中心にトルコ結びが用いられているのは、本ブログの読者であればご存知でしょう。
二度にわたるロシアとの戦争でロシアに割譲するまで、南コーカサスはイランの領土でした。
アートダイジェスト刊『ペルシア絨毯図鑑』にはコーカサス絨毯がペルシャ絨毯の一部として掲載されています。
こうした意識は、とりわけイラン人にとっては根深いようで、以前、ドバイでイラン人絨毯商がシルワン絨毯を商っていたので、「これはシルワンだからペルシャ絨毯ではなくコーカサス絨毯だ」と言うと、イラン人絨毯商は「シルワンはペルシャ絨毯だ」と言って譲りませんでした。
これはパジリク絨毯がイランで製作されたものと頑なに主張する一種のナショナリズムに通じるものでしょう。
1813年(一部の地域は1828年)まで南コーカサスはイランの領土であった訳ですから、それまでに製作されたコーカサス絨毯はペルシャ絨毯に含まれてもよいはずですが、実際には別に扱われます。
歴史の座標軸をどこに置くかによって異なる結果が生まれるという例ですが、これは結構厄介な問題で、たとえばサファヴィー朝の時代にヘラートで製作された「帝王の絨毯」をアフガン絨毯だという人はアフガニスタン人以外ほとんどいないでしょう。
ヘラートはかつてはイラン領土でしたが、現在はアフガニスタン領になっているにも関わらずです。
ともあれコーカサス絨毯とペルシャ絨毯は、製作される地域における歴史、文化、伝統、技術が反映された結果として位置づけられ、どちらもその特異性を持ちながらも互いに異なる魅力を持っているのは間違いありません。
コーカサス絨毯はその粗々しい質感と大胆なデザインにより、よりフォークロア的な美しさを持ち、ペルシャ絨毯はその精密さと優雅さからアートとしての側面が強く出ています。
したがって、これら二つの絨毯は、ただ単に視覚的な美しさだけでなく、それぞれの民族や地域のアイデンティティを表現する手段でもあるのです。
このような観点からも、両者は相補的な存在であり、絨毯制作の世界においての独自の位置づけを持つと言えます。
コーカサス絨毯がその地域独特のスタイルを確立しているのに対し、ペルシャ絨毯はより広い国際的な市場で高い評価を受けています。
両者は、それぞれの文化的背景に根ざした特性を持ちながら、他方の存在もまた認識し、尊重し合っています。
したがって、コーカサス絨毯がペルシャ絨毯の一部であるとは言えませんが、決して独立した存在であるとも言い難いです。
それぞれが持つ魅力を理解し、全体としての絨毯文化を深く考察していくことが、絨毯愛好者だけでなく、文化人類学的な観点からさらに重要な視点となるでしょう。

