新しいペルシャ絨毯を古く見せるテクニックとは
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どんな世界にも必ず「裏街道」というものがあり、好んでその道を歩もうとする者がいるのもまた事実です。
ペルシャ絨毯は古いものほど高価であるという認識が一般には浸透している認識です。
それゆえ新しい絨毯を古く見せようと企む者が現れます。
これはペルシャ絨毯に限ったことではありません。
美術工芸品の世界においては、いつの時代でも日常茶飯事なことであり、古美術商たちはこうした贋作師との戦いを繰り広げてきたのです。
新しいものを古く見せるのには様々なテクニックがあります。
陶磁器やガラス器であれば金タワシで擦った後、土に埋める、屋上やベランダで雨風に晒す。
布物であれば薄めた醤油や紅茶の煮汁に浸す、漂白する。
その他、何処からか古い桐箱を探してきてその中に収める、昔の新聞紙に包む、古い紙にもっともらしい由来を書く等々です。
こうしたテクニックを施すことを古美術業界では「時代付け」といいます。
決して褒められたことではないのですが、厄介なのはこうした時代付けに執念を燃やす者が存在すること。
彼らは(人を騙して)不当に利益を得ることを通り越し、目利きに見破られないほど精巧な偽物を作ることを何よりもの喜びとするのです。
その情熱を真当な商売に向ければ、さぞかし大成できるように思いますが、手段が目的となってしまうことは珍しいことではないでしょう。
贋作が世間を賑わせた例は枚挙にいとまがありません。
陶芸家・加藤唐九郎による「永仁の壺事件」や日本橋・三越を巻き込んだ「古代ペルシア秘宝展事件」、考古学研究家・藤村信一による「旧石器捏造事件」など、わが国でも多くの例があります。
ペルシャ絨毯をはじめとするオリエントの絨毯についても、ルーマニアのセオドア・チュードックの工房で製作された贋作が、メトロポリタン美術館をはじめとする世界各国の美術館・博物館で見つかっています(詳しくは【世紀のペルシャ絨毯贋作家】をご覧ください)。
チュードックほどの贋作家は後にも先にも現れないかもしれませんが、ちょっとした時代付けを施されたペルシャ絨毯は思いの外たくさん出回っているのが実際です。
アンティークのペルシャ絨毯は長い年月が醸し出す風格、いわば大人の魅力を持っています。
良質なワインと同じように、年月を経るにつれてよくなるものがあるのです。
こうした経年変化は使用されている染料が落ち着きを見せる、製作後10年から20年の間に始まります。
しかし誰の目にも明らかな貫禄がつくには、更に長い年月が必要です。
アンティーク絨毯の美しい色合いは、新しく染めた糸を使用した現代の作品では絶対に表現できるものではありません。
アンティークとしての価値が出るには100年の月日が必要とされます。
だからと言って、すべてのペルシャ絨毯がアンティークとして高値で取引される訳でないことは、当ブログでも再三にわたって解説しています。
しかし、その中の一部は現代物の何倍もの高値で取引されることもまた事実です。
そこに贋作師たちは付け込みます。
新しいペルシャ絨毯を古く見せるテクニックとして最もよく使われるのは、長時間、直射日光に晒して褪色させるというものです。
イランの夏の日差しは強烈であるため、夏の時期に陽に晒しただけでも、ある程度の古色を付けることができます。
この方法はもっとも原始的で昔から行われてきたものです。
とはいえ気候の異なるヨーロッパや日本でこの方法を用いるのは、とにかく時間がかかります。
ところが以前、飯田橋にある日焼けサロンのオーナーから聞いたところによると、あるイラン人絨毯商が玄関マットサイズのペルシャ絨毯を大量に台車で持ち込み、半日がかりで日焼けマシンに入れて褪色させようとしていたとのことでした(笑)。
化学薬品の溶剤で絨毯を洗う方法もあります。
こね方法は「ケミカル ・ウォッシュ」あるいは「ヨーロピアン・ウォッシュ」と呼ばれ、苛性ソーダ等の激物を使って行われています。
化学薬品の力で無理矢理、絨毯を変色させる乱暴な方法ですが、手っ取り早く古色を付けることができるため、今日でもよく用いられています。
こうしたテクニックは本来、悪意を持って行われる訳ではありませんでした。
アンティーク好きなヨーロッパ人の需要に合わせたものであり、購入する側もそれを承知していたのです。
しかし、これを悪用する者がいるのが現実で、古色を付けられ、レザー・セーラフィアンの初期の作品であるなどと称し、高値で販売されている絨毯をいままで見てきました。
絨毯が本当に古いものであるかどうかを判別する一つの方法は、パイルを指で押し広げ、パイル系の色を観察することです。
通常アンティーク絨毯のパイル糸の色は、根本から先端に向かって徐々に薄くなってゆきます。
色はパイルの表面がもっとも薄く、根本に近づくはど濃くなっています。
これは時代の経過とともに、ゆっくりと成熟した結果です。
これに対して、古いように見せかけた絨毯はパイルの表面の色だけが薄く、内側は急に濃くなっています。
ただし言葉では理解していても、現物を見比べながらでないと実際に判別するのは難しいかもしれません。
このあたりは、やはり経験がものを言います。
他にも紅茶で煮る、サフランや胡桃で染色するなどの方法があります。
また、絨毯に織り込まれている年号を改ざんする、あるいは新たに付け加えるという方法が用いられることもあります。
これを見破るには【偽の工房サインの見分け方】で紹介している方法が有効です。
しかしイランや欧米には色合わせが実に上手い職人がいて、彼らが手を加えたものを見破るのはなかなか困難な場合があります。
同じ酸味の絨毯であっても時代とともにデザインは変わりますから、年号などに頼らなくても年代を特定することは実際には可能なのです。
ただし、それには学芸員並みの知識が必要とされます。
プロでもそうした知識を持つ者は稀ですから、一般の方ともなれば、まず無理でしょう。
曰くに惑わされず絨毯そのものに目をやることです。
確かに昔。特定の産地や特定の工房にて製作されたペルシャ絨毯には大きな価値があるかもしれません。
しかし、真贋を判定するためには専門家による鑑定が必要です。
アンティークのペルシャ絨毯の価値を求める前に、信頼できる絨毯商を探すことをお勧めします。
「本物のプロは50人に1人」なのです。

