ペルシャ絨毯に織り出された悪魔たち
[画像:]
いま世間では「呪物」なるものが密かなブームを迎えているそうです。呪物とは、超自然的な力(呪い)が宿ると信じられ、人間に禍(わざわい)や福をもたらすとされる物品のこと。
神聖視されたり、不思議な現象を引き起こしたりすると言われ、怪談や呪術の世界で扱われます。
アニメ『呪術廻戦』で有名になった言葉ですが、現実世界でも怪談師の田中俊行氏や放送作家の早瀬康広氏のように実際に収集・研究する人が存在し、お守り(フェティッシュ)や物神とも関連しているそうです。
さて、1900年頃 に製作されたこのケルマン絨毯。
一見、この時代のケルマン絨毯に多い樹木文様を中心に配したミフラブ・パターンの作品のようですが……よく見ると、かなりグロいです。
樹木の枝の先端は象やロバなど動物の頭になっていて、樹頂には鬼の顔があります。
地上には人の顔をした蛇や半獣半人の怪物もいて、強烈なインパクトを与えます。
人の顔をした蛇は、おそらくアジ・ダハーカでしょう。
ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』に登場するアジ・ダハーカは邪悪な存在で、悪神アングラ・マイニュ(アーリマン)によって生み出されました。3つの頭、3つの口、6つの目を持つ強大な悪竜(現代ペルシア語では「竜」の意味で使われることが多いですが、元々は「蛇」を指していました)で、千の魔術を使うとされています。
世界の終末の日まで英雄スラエータオナ(フェリドゥーン)によって山に幽閉されているとされていました。
アジ・ダハーカはペルシアの国民的叙事詩『シャー・ナーメ』(王書)ではザッハークという名の伝説的な王として描かれています。
元々は人間でしたが、悪魔の計略によって両肩に2匹の黒い蛇が生えてしまいました。
ザッハークは人肉、特に人間の脳を食事に要求し、毎日2人の若者を犠牲にします。
圧政を敷く暴君として描かれており、最後は英雄フェリダンによって倒され(あるいは幽閉され)、イランは解放されるのです。
これらの悪魔たちの存在は、イラン神話において「悪」や「人類の敵」の象徴として極めて重要な位置を占めていると言えます。
また半獣半人の怪物は、ゾロアスター教の悪神アンラ・マンユ(悪の根源)とその配下の悪魔ダエーワ(デーヴァ)が代表的で、イラン神話では「アル」という出産時の女性や赤ん坊を襲う悪魔伝承もあり、悪魔は光と闇の対立(善の神アフラ・マズダーと悪のアンラ・マンユ)の中で重要な役割を果たします。
『シャー・ナーメ』(王書)には、イランの伝説的な王タフムーラスが、悪魔アフリーマン(アンラ・マンユの別名)を馬のように乗りこなして世界を旅したという話もあります。
イランの伝統的な絵画は、サファヴィー朝(1501〜1736年)やカジャール朝(1789〜1925年)の時代に繁栄し、アジ・ダハーカやアンラ・マンユ、ダエーワらの悪魔の図像はこの時代の細密画に頻繁に登場します。
これらの作品は、文学や神話、宗教的なテーマにしたものが多く、悪魔は奇抜な形状や色彩で描かれることが多いです。
例えば、鋭い角や尾、異常な肌の色、怖ろしい顔つきなどで、彼らの邪悪さや恐ろしさを強調し、観る者にインパクトを与えます。
悪魔の存在は、善と悪、光と闇の道徳的対立を象徴したものです。
イランの文学や詩と同様に、美術工芸品における悪魔の描写は、個人の内面的な葛藤や倫理的な選択を探求する手段でもあります。
また、しばしば人間の弱さや堕落を象徴し、道徳的な教訓を伝えるための反面教師としても位置づけられています。
ペンシルベニア大学宗教学博士課程のアリ・カルジュー=ラヴァリー氏によれば、近東における悪魔の描写はイスラム化される前からあり、魔術や護符に頻繁に用いられていたといいます。
こうした伝統は、近代に至るまでオカルティズムの分野で受け継がれ、美術工芸にも影響を与えたのです。
この最も有名な例は、イスタンブールのトプカプ宮殿に所蔵されているモハンマド ・シヤ・カラムの画集です。
このケルマン絨毯のようなユニークなアンティーク絨毯は、貴重な歴史的遺産であると同時に、魅力的なアートでもあります。
敷物としてだけでなく、タペストリーとして壁に掛けても素敵でしょう。
こうした絨毯はペルシャ絨毯とペルシャ文学を愛する人々にとって、間違いなく最高傑作の一つとなり得るはずです。
『ホスローとシーリーン』や『ライラとマジュヌーン』のようなロマンティックなものではありませんが、イランの民間伝承を伝える上で極めて価値あるものなのは間違いありません。

