愛の褥(しとね)のペルシャ絨毯
[第 話]
1200年頃、ニザーミーによって書かれたペルシャの長編叙事詩『七王妃物語』には、王が絨毯でもてなす場面の叙述が出てきます。
いくつか拾い上げてみましょう。
(以下訳文は平凡社「東洋文庫」黒柳恒男氏による)
「王は客に対し、花園の中のバラのように親切であった。
王は客のために特別な館を用意させてあった。
王はそこに盆を置きじゅうたんを敷かせ、
召使たちにやさしくもてなしをさせた」
(第25章)
「王者の饗宴の場が用意され、一面のじゅうたんが敷かれた。
じゅうたんにはいくつものローソクが点され、どの顔も歓喜にみちあふれていた」
(第29章)
最高のもてなしということは、最高の愛の証しでもあります。
高貴な女性の場合、この「王の絨毯」を供することは、相手に対する至上の愛の証しとして、最高の歓喜、天国の愛を意味しました。
それゆえ王の絨毯は「天国の絨毯」とも呼ばれたのです。
「天女のような美女たちは、頭上に天国のじゅうたんと王座をのせていた……
女王はいった――
――さあ、お立ちなさい、そこはあなたの場所ではありません。楽しく客をもてなしする私の前では、お客の位置は鹿の皮(はずれ)ではなく、芯(中心)です……王座に登って私の側にお坐り下さい」
その美女は彼の手をとってじゅうたんの敷かれたこよなく美しい部屋に案内する。
じゅうたんの上に置かれた煌々たる灯火に照らされて、彼女の頬は紅玉と輝く。
その豪華で柔らかいじゅうたんの上で
「ふたりは枕に頭をあてて胸と胸を合わせて供する抱き合った。
柔らかく熱く燃えた白い肌、
かたく閉ざした彼女の愛の貝殻から
彼は愛の真珠を引き出した」
(第25章)
「女王は彼マーハーンな顔を見ると、
王座の王に対するように平伏し、
自分と並んでじゅうたんの上に坐らせ、
サトウやバラ水をふりかけ、
……………
彼と同じ食盆(ハーン)から食べた。
それが客をもてなすキマリだった。
……………
やがて食事を終えると
べに玉の酒を満たした杯が回った。
杯を幾度か重ねてゆくうちに、
二人の間に恥しさがなくなった。
女王に対する彼の愛が燃えあがり、
その美女が咲き乱れる花のように見え、
その優美さはあまたの絵のようだった」
「彼は『白銀(しろがね)の糸杉』のような女王のからだを『しっかり胸に抱きしめて、美酒の泉』のような紅い唇に『唇をつけ、紅玉髄に紅玉の愛の印をつけた』」
(第29章)
ウールで作られた絨毯は二人にとって愛の褥となりました。
その「天国の絨毯」の上で、二人は天国の中に入り、天国の夢を見たのです。
同じ『七王妃物語』の第一篇にも、この愛の褥としての絨毯の描写が見られます。
かつて王に寵愛されていた奴隷女が、人里離れた塔の中で、王の久方ぶりの来訪を迎えるとき、彼女はその住まいの見晴し台を絨毯で「天国のように飾り立てた」とあります。
天国(楽園)の絨毯を敷くという最高のもてなし、最高の愛の心構えに打たれた王は、はじめて愛を強く燃え立たせて、その絨毯は王と奴隷女との素晴らしい愛の褥となり、天国ともなりました。
絨毯は愛の褥でもありました。
ペルシャの美術にはそんな表現がいくつか残されています。
例えば、17世紀にペルシャのイスファハンで制作された『王書』(シャー・ナーメ)の挿絵の細密画には、庭園の東屋に敷いた絨毯の上で相思相愛の二人が優しく愛の誓いを交わし合う情景が鮮やかに描き出されています。