トライバルラグに込められた願い
[第 話]
トライバルラグは「絨毯の母」といわれます。
なぜなら多くの研究者たちが、絨毯織りは遊牧民が始めたもので、トライバルラグこそが、のちの華麗で洗練された絨毯の原点であると考えているからです。
遊牧民の女性たちは絨毯織りの技術を身につけることが必須でした。
彼女らは羊毛から糸を紡ぐ技術も学んだはずで、それを付加価値のある製品に変えることは、現金収入を得るために必要不可欠なものでした。
つまり、絨毯織りは遊牧民の生活とは切っても切れないものだったのです。
トライバルラグ(部族の絨毯)はすべて女性による作品であり、男性は素材の調達のみに関与していました。
女性たちはデザインを頭の中に描きながら、絨毯を織り進めます。
トライバルラグについて知りたいのであれば、遊牧民たちがどのような生活を送っていたか、何を信じていたか、どのような風習を持っていたかを探究せねばなりません。
なぜなら、それらはすべてトライバルラグの文様に秘められているからです。
遊牧民の生活は自然環境に大きく左右されます。
彼らが育んできた生活の知恵は、個々の部族の絨毯織りの伝統に大きな影響を与えました。
トライバルラグに顕著な特徴の一つは、そのサイズです。
遊牧民はテントの大きさに合わせて絨毯を織ります。
簡易な移動式の水平型織機も絨毯のサイズに制約を与えました。
しかし、竪型織機を用いることで様々なサイズの絨毯を製作することができるようになりました。
遊牧民は100年ほど前までは古代と変わらぬ暮らしを送っていましたが、国による政策や生活道具の進化を受け、定住生活を選ぶようになっています。
しかし、いまでもテント生活を送っている一部の遊牧民の間では、この伝統が生きています。
トライバルラグを何よりも魅力的にしているのは、そのデザインです。
トライバルラグはデザイナーが描いた意匠図に基づいて織られたものではなく、遊牧民の女性たちの知力と想像力の結晶であるからです。
それゆえ、トライバルラグは「魂の絨毯」とされているのです。
しかし時が経つにつれ、過去との繋がりは断たれてしまいつつあります。
例えば、遊牧文化における亀(スカラベとも)は長寿と多産の象徴であり、娘の嫁入前に母親は健康と多産を願い、その文様が描かれた絨毯を幅約50センチ、長さ約2メートルの細長い形状に織りあげます。
しかし現在では亀だけでなく、山羊、駱駝、蓮の花、糸杉などの文様が何を意味するのかを多くの女性たちが知りません。
トライバルラグに込められた意味を紐解くことにより、私たちは過去にタイムスリップして、彼らの生活、風習、信仰に触れることができます。
たとえば、母親が娘のために、あるいは嫁入前の女性が婚約者のために織った絨毯の文様を読み解くことで、それらに込められた想いを理解することができるのです。
トライバルラグに使用される文様は何でもよい訳ではなく、部族の伝統に基づいています。
遊牧民の女性は、いまでも絨毯を織り始めてから13日目に草を結んで願い事をするといいます。
彼女らは一結びごとに幸福や健康、平和や繁栄への願いを込めました。
なぜなら、これらのトライバルラグは、販売を目的としたものではなく、家族や知人、婚約者のために織られていたからです。